飲料としてのオルゾの原料になるのは、モンド種と呼ばれる裸麦の一種で
トレモリ社の社長が戦後本格的に栽培を復活させた古代種。

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大麦はこんなに昔から人類と共にいました |
「オルゾ(orzo)」は、一般名詞で「大麦」を表しますが、イタリアでは飲料の名前として親しまれています。
そもそも大麦自体がもつエネルギー源としての力が、人類に認識されたのはエジプト文明の時代、あるいはそれよりも前の時代からと言われています。肥沃なナイル川でとれた大麦は、ビールの原料としても使われるなど有益な植物として育てられ、そうした様子は「死者の書」やピラミッドの壁画にも描かれています。
大麦を低温焙煎した飲料としての「オルゾ」については、当時からそのような飲まれ方がしていたという記録はありませんが、ギリシャ・ローマ時代には、当時のコロッセウム(円形闘技場)で戦う拳闘士が、戦いの前に大麦をそのまま食べたと言われています。
当時から、そうした力のある大麦を、焙煎して飲むといった事が行われていたとしても不思議はないように思います。オルゾが飲料として飲まれるようになったのは、正確にはわからないのですが、かなり古い時代(ギリシャ・ローマ時代)からではないか、と言われているのです。
仮にそうした時代から飲料としてのオルゾがあったのなら、ローマ文明が及んでいたもっと多くの国々にもオルゾが広がっていてもいいのではという事になりますが、その後そうした飲み方がなぜイタリアにだけ伝承され、他の国々には残らなかったのかはわかりません。イタリア料理に相性が良かったりといった理由で、イタリアに伝わったのかもしれません。

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オルゾを知らないイタリア人はいない
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時代は下り、第2次世界大戦後。いまではスターバックスなどシアトル系カフェの発祥とまで言われているイタリアのカフェ文化ですが、本格的にコーヒーが一般化したのは、第2次世界大戦の後だったそうです。
それまで長い間にわたって一般庶民が好んで飲んでいた国民的飲料は「オルゾ」。コーヒーがどっと広がっていく過程でもこのオルゾは、長い歴史を持つだけに、もちろんなくなりはしませんでした。
コーヒーと較べたときには、ハイカラさはなく、むしろ土着の飲み物といったイメージで思われていたふしもありますが、むしろスマートさはないけれど、ノンカフェインで力がある飲み物、といった感じで伝わってきたと思われます。いまでも若い人も含めて、オルゾを知らないイタリア人はいないと断言できます。そこまでオルゾは深くイタリア人の中に根付いてきているわけです。

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小さな子供にもオルゾ |
イタリアでは、子供やお年寄り、病人向けの(日本で言えば)"おもゆ"にあたるものが、大麦のおもゆです。赤ちゃんに初めてのご飯といった意味合いで飲ませる(食べさせる)ものも大麦のおもゆである場合が多いそうです。つまりイタリア人にとっての大麦は、日本人にとっての米に相当するものなので、彼らは大麦の飲料を決して捨てることはできなかったのです。
いまでも、力のあるオルゾは、カフェインが飲めない子供たちに勧められます。親が勧めるのです。またイタリアの街角の多くのカフェでは、いまでもコーヒーと一緒にオルゾが供されています。コーヒーが飲めない子供たちや妊婦さんにとってオルゾは、とても身近なものなのです。

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オルゾが若い女性にも人気な理由 |
最近では若い女性や成人にとってもオルゾは一つのブームになってきています。
その理由は、オルゾが昔からの飲み物で安心して飲めるものであるという点、また高血圧をはじめ成人病にとっていいと思われているからです。実際、オルゾは低温焙煎することによって大麦が本来もっていた多くの栄養素(アミノ酸、ミネラル、ビタミンなど)をそのまま温存しています。さらに食物繊維が多い点も魅力になっています。しかしそれ以上に、イタリア人にとってのエネルギーの原点として、大麦(オルゾ)が捉えられている点が大きいように思います。
それは日本でも、いくらパン食がさかんになってきたといっても、決して米の文化がなくならないことと対比できると思います。
−この話は、弊社のパートナーでトレモリ社らの輸入を担当している、ロベルト・バセドの話を中心にして構成したものです。−
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